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平成24年8月第2回会議会議録 一般質問 関谷明生議員

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年12月21日更新

平成24年小布施町議会8月第2回会議会議録

議事日程(第2号)

                       平成24年9月5日(水)午前10時開議

        開議

         議事日程の報告

日程第1  行政事務一般に関する質問

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本日の会議に付した事件

議事日程に同じ

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出席議員(14名)

 1番  原勝巳   君 
 2番  小林一広 君
 3番  渡辺高   君
 4番  小西和実 君
 5番  小林茂   君
 6番  冨岡信男 君
 7番  山岸裕始 君
 8番  川上健一 君
 9番  大島孝司 君
10番  小渕晃   君
11番  関谷明生 君
12番  渡辺建次 君
13番  関悦子   君
14番  小林正子 君

欠席議員(なし)

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地方自治法第121条の規定により説明のため出席した者の職氏名

町長

市村良三 君

副町長

小西勝    君

健康福祉部門総括参事

竹内節夫 君

健康福祉部門グループリーダー

中條明則   君

地域創生部門総括参事

八代良一 君

農業振興対策幹

田中秀一   君

地域創生部門グループリーダー

畔上敏春 君

行政経営部門総括参事

久保田隆生 君

会計管理者(兼)滞納対策担当参事

田中助一 君

行政経営部門グループリーダー

西原周二   君

教育委員長

中島聰   君

教育長

竹内隆    君

教育文化推進幹

池田清人 君

監査委員

畔上洋    君

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事務局職員出席者

議会事務局長

三輪茂

係長

下田誠

開議 午前10時00分

◎開議の宣告

○議長(小渕晃君)おはようございます。

議員総数14名中、ただいまの出席議員は14名で定足数に達しております。

これより直ちに本日の会議を開きます。

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◎議事日程の報告

○議長(小渕晃君)本日の日程は、お手元へ配付いたしました印刷物のとおりであります。

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◎諸般の報告

○議長(小渕晃君)日程に入るに先立ち、諸般の報告事項について申し上げます。

交流・産業振興・花のまちづくり推進幹、冨岡広記君から都合により欠席する旨の届け出がありましたので、報告いたします。

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◎行政事務一般に関する質問

○議長(小渕晃君)これより直ちに日程に入ります。

日程第1、行政事務一般に関する質問を行います。

お手元へ配付いたしました印刷物のとおり一般質問の通告がありましたので、報告いたします。

朗読は省略いたします。

ただいま報告いたしました印刷物の質問順序に従い、順次質問を許します。

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◇ 関谷明生 君

○議長(小渕晃君)最初に、一括質問方式で届け出のありました11番、関谷明生議員。

〔11番 関谷明生君登壇〕

○11番(関谷明生君)皆様おはようございます。

議会の傍聴にお越しいただき、ありがとうございます。

8月第2回会議一般質問のトップバッターとして登壇できますことを大変光栄に存じます。

本年12月末に行われます小布施町町長選立候補の決意について、市村町長に質問を行わせていただきます。

地方分権一括法が1997年7月に成立し、2000年4月から施行されてきました。この法律は、首長はもちろん、行政に携わる方々、また議員の力量が求められる法律であります。その内容は、全国的な統一性や公平性を重視する行政システムから、住民や地域の視点に立った行政システムへの変革です。地域の行政は地域の住民が自分たちで決定する、いわゆる自己決定、その責任も自分たちが負う自己責任、つまり、住民みずからがみずからの地域のことを考え、みずからの手で治めていく。地域のことは、町が自主性、自立性を持って、みずからの判断と責任のもとに、地域の実情に沿った行政を行っていくということです。ですから、町長としての器量といいますか、リーダーシップはますます重要になってきています。

日本自治創造学会会長であり、中央大学の佐々木信夫先生は、自治体のトップは、みずからの理念に基づき独自の経営を組み立て、その結果について責任を明確にすること、そのリーダー像は根回し政治でも調整型政治でもない、みずからの信念に沿って旗を掲げて、住民、町民の支持を後ろ盾に困難に立ち向かう、そうした有志こそが求められている、これがこれからの首長像であるとおっしゃっています。まさにそのとおりだと私も同感します。

それを兼ね備えているのが市村町長であると思います。8月11日付地元紙須坂新聞に、来年1月21日の任期満了に伴い12月末ころ町長選が行われる。今のところ、どこからも立候補の意思表示はないと記載されていました。電話取材に市村町長は、まだ白紙と進退に触れなかったと報道されていました。

市村町長は、平成17年1月24日の初登庁から今日まで、小布施町町民の命と暮らしと健康を守るために先頭に立って奮闘され、平成21年6月会議では、関悦子議員が一般質問で、町長の職務は多岐にわたりハードスケジュール、町長としての行動を整理し、役割分担をと言わしめるほどの全力を傾注されてきました。しかし、首長の評価は、実績と成果でしか判断されない宿命を負っています。

町長は、2期目の立候補に当たり、次のように述べました。

いいまち小布施町をつくりましょう、いいまちとは、かかわるすべての人が「いいまちですね」と思い、語り合える町のことです。これは、高い理想であり、やすやすと実現できるものではありません。しかし、私は小布施町ならばできると信じています。

みんな仲よく、生きがいを持って元気に幸せに暮らす小布施町をともにつくりましょうと公約され、実行されてきました。新たな約束として、自立と協働と交流により、生きる喜び、暮らす喜び、働く喜びの具体的な政策を数多く町民に訴え、約束をいたしました。この約束の中で、今私の脳裏に浮かぶことについて若干触れさせていただきます。

生きる喜びでは、ひとり暮らし、二人暮らしのご高齢のお宅に訪問する高齢者お元気訪問を充実させたこと、また、お年寄りの足の確保としてタクシーに加えバスによる移動の支援に積極的に取り組まれたことです。また、新型インフルエンザなどの感染症の対応や各自治会で災害時合同マニュアルの策定、また、地域支え合いマップの作成が挙げられるかと思います。

次に、暮らす喜びとして、医療費無料化を他の市町村に先駆けまして小学校6年生を中学3年生までに拡充し、本年からは高校卒業までに拡大したことです。さらに、妊産婦健診の無料支援を5回から一挙に14回にふやしたと。また、教育関係では、学力向上支援事業や家庭読書の日、それから英語学習の体験事業など、さらに、小布施町にしかできない幼・保・小・中一貫教育の推進に今積極的に取り組んでおられます。

働く喜びでは、新規就農支援制度の創設、また、博多駅アンテナショップの開設、さらに、都市台湾との交流促進による力強い農業の確立に取り組まれてきました。中心市街地再生支援事業を取り入れるとともに、かんてんぱぱさんと協働のまちづくりを推進し、第2町並み修景事業を実現いたしました。新たな小布施町の拠点が誕生し、活力をもたらしています。

特筆すべきは、財政の健全化確立にめどを立てたことだと思います。町長に就任された平成16年度のときの地方債、いわゆる借金の現在高は約60億8,000万余の地方債がありましたが、この状況に財政危機感を感じまして、就任以後新たな起債を極力抑え、また計画的に繰上償還を実施するなどいたしまして、その結果、平成23年度の決算では約39億9,000万円余と8年間に20億9,400万も借金が減少し、身軽になり、財政の健全化にめどが立ったことだと思います。

しかし、財政調整基金や減債基金、特定目的基金や定額運用基金の積立金、いわゆる家庭で言えば貯金ですが、就任された平成16年度は積立金は約15億5,000万円の積み立てでした。しかし、昨年の平成23年度決算では約9,000万円増の16億4,000万円になっております。借金もせず、貯金も取り崩さずに、平成21年7月にはまちとしょテラソの建設、ここには約3億5,000万円近い建設費が、また、平成23年には文化体育館建設費、これも約3億円に近い建設費で新築いたしましたが借金は1円もありません。新しい事業を行うには、その事業の目的基金を積み立ててから実施したからです。町として誇れることだと思います。

先ほど公約の主観を述べさせていただきましたが、2期目の公約したさまざまな施策についてどのように市村町長は自己評価、自己採点しておられますか。また、今後果たさなければならない課題をどのように考えておられますか、お伺いをいたします。

次に、2011年から2020年に向けて小布施町の進むべき姿、つまり将来像、暮らしにあふれる笑顔、いい人、いい町、わくわく小布施、自立と協働、そして交流を目指す、実現可能で持続可能な第五次小布施町総合計画前期基本計画が策定されました。戦略方針1として、4つの協働をうたっています。まず、住民との協働、また、既に東京理科大、信州大、法政大学とも締結しておりますが、なお、専門機関、大学、研究所との協働、それから地場企業との協働、そしてかんてんぱぱやツルヤさんなどに代表される町外の志の高い企業との協働、長年培ってきた協働に外からの新しい力を加えて第2ステージのまちづくりを進めていきたい。

戦略方針2として、にぎわいの創出。つまり、人が集まることによって何らかの経済行動が生まれます。これを交流産業と名づけて、その振興を図っていきたい。

戦略方針3として、小布施町には中心部から農村部へと広がる緩やかな農村景観と美しい圃場はおおきな財産であり、その素朴さと正直さ、また、洗練されたセンスを大切に分離させないまちづくり、景観のグラデーションと位置づけています。これらを大きな力に、小布施町らしい新しい価値をつくつてまいりますと町長は語っておられます。

本年8月5日、分権の時代に住民自治と町の発展を目指すシンポジウムが飯綱町で開催されました。その席上、山梨学院大学江藤俊昭教授は、地方分権時代には地域政策の選択の幅が広がり、総合計画は地域経営の軸で実効性を重視していますと。議会もその進捗を見届け、積極的に提案すべきと提言されています。

総合計画も策定後1年経過しますが、そのスタート時は大変重要であり、策定責任者としての務め、使命、役割を負っていると考えます。8年間町長を務められて、町長はよく町民力の高さを口にされますが、町の強みをどのように体感され、この計画を実践すべきか決意をお聞きしたいと思います。

さらに、ことしの新年のあいさつで町長は、小布施町から日本の元気を発信したい、2つのステージ、人口の問題、つまり定住人口の増加策を考えていきたい、また、小布施町の基幹産業である農業の問題、後継者、販路、生産のインフラの課題についても積極的に挑みたいと抱負を明言されています。これらのことを総合的に判断しますと、町長は小布施町の発展や町民のために全身全霊をささげる意欲を強く、強く、深く、深くお持ちであると感じています。

また、あさってから、全国から若い人たち220名余が小布施町に集い、散策し、感じたことを議論し、みずからの考えや意見を述べる若者会議が開催されます。どんな会議になるのか我々もわくわくしますが、真剣に議論し、まとめて提言される政策は非常に大切なものであり、尊重し、実行する責任を町長は負っていると思います。

このような現状を踏まえて考えみるに、今、小布施町にとってとっても大事な、重要な時期だけに、2期8年間の功績と行政や経済界、そして教育界にすごく人脈が広く、頼りがいがあり、温厚篤実な人柄の市村町長にぜひ引き続き小布施町のリーダーとして奮闘していただきたいと願う町民は多く、冒頭に申し上げました首長像にぴったりの市村町長に私も強く立候補の要請を申し上げ、質問とさせていただきます。

○議長(小渕晃君)市村町長。

〔町長 市村良三君登壇〕

○町長(市村良三君)皆さんおはようございます。

一般質問2日間、よろしくお願い申し上げます。

ただいま、副議長である関谷議員からご質問をいただきました。どこからお答えしてよいのかちょっとわからないところもありますが、この質問の要旨に沿ってご答弁申し上げたいというふうに思います。

まず、2期目の立候補に当たっての公約の評価ということでございます。これは、自己採点ということはちょっと私はできにくいなと思います。これは町民の皆さんがどういうふうにご評価や、あるいはご批判をいただいているのかということに尽きるんだろうなというふうに思います。ですけれども、冒頭に理念と経営という言葉がございましたけれども、まさしくそのとおりで、経営というものが町にとってどれほど大切なものかということは常に考えてやってまいったつもりであります。

そして、それについての課題ということでありますけれども、この小布施町には議員の皆さん方よくわかっていらっしゃるところでありますが、大変な課題が山積しているわけです。この課題を一つ一つ解決していくこと、これはもう当たり前のことなんでありますが、小布施町のこの小さな町の数多くある課題を一つ一つ解決をしていくことが、つまりは日本の地方の課題を解決していくことにもつながっていくだろうというような認識を持っております。

それから、後期基本計画の3つの戦略方針でありますが、これは私が特に1期目のときに、こういうことではないかということを感じさせていただいたわけでありますが、とにかく町の中を歩き回るんだと。そして、私自身が町の魅力というものを発見するんだと、それに磨きをかけるんだということであります。私は、人間の行動する範囲というのは実に狭いものだなというのを1期目に感じさせていただきました。私は、あの町の上町というところに住まいさせていただき、その近所で仕事をさせていただきました。あとは大半が外というような仕事をしてまいりました。それが、こうした職につかせていただいて、町の町内隅々まで回らせていただいて、本当に50代の後半になってこの町の新たな魅力というものを発見させていただいたわけであります。

そのときに、この町の強みというものは何であろうかということを自分なりに考えました。そして、議員からもお話がありましたように、第1番目に5つほどございましたけれども、町民力の高さです。町民力って何を指して言っているのかということでありますが、この町の皆さんは、一緒にやろうという協働する力が大変高いということが1つと、それから町の中ではもとよりでありますけれども、外の方と交流をしていきましょうと、その外の英知とか情報とかいうものを自分の体内に取り入れて、さらに自分の生活文化を向上させていきましょうというお力が大変高いところだなというふうにまず思いました。

それから、農村部のきれいさですね、これは2つほど要因があろうかと思います。1つは、昭和46年に行われた線引きによる乱開発を防ぐという、農地を守りましょうという、そういう制度上の問題。それから、もう一つは、私どもの主たる生産物、農産物が果樹であったということも大きいと思います。皆さんご承知のように、春先のリンゴ、梨、桃の果樹たちが一斉に花をつけるときは、もう本当に何十年間続けてきた花の町という、それを農産物によって、むしろ増さられているというような、そのくらい美しさがあると思います。これは大きな強みだというふうに思っております。

それから、私のそれまでの行政に対する認識というか思いというのは、旧都住村と旧小布施村が昭和29年に合併してできた町という、その程度の認識でありましたけれども、町じゅうを歩かせていただく中で、それは違うなと。話は明治22年の町村制にまでさかのぼるんだと。明治22年当時は16の村がありました。本当にこの小さい村の中で16の村があって、しかも、それぞれの村の歴史と文化が、非常に小さな違いではあるけれども、しっかりとあって、それが今も残されているということであります。この文化と歴史の違いというものについて、それぞれの地域の皆さんは大変な誇りを持っていらっしゃる。このことも今の日本の中ではかなり忘れられてしまっている、あるいは隠れてしまっているというふうに思いました。そして、その小さな歴史と文化の違いというものをそれぞれもっと磨いていただくことが、小布施町の大きな力になっていくんだというふうに痛感をしたわけであります。

それから、これはどなたも思うところでありますが、4番目に町域の小ささであります。これは何ゆえにかといいますと、町の中心部にいようが町の外れにいようが、ものの20分も歩けば次の隣へ行ってしまう、行けてしまうというような町域の小ささですね。これは大変強みだろうということであります。近年、皆さん方のまちづくりの成果で、小布施は若干の知名度をいただいていると。実力以上のお客様にお見えをいただいているんですが、これは議会で何度かお話を申し上げましたが、お客様の求められているものは何かとこの10何年間お聞き続けをしているわけですが、懐かしい、ほっとする、安らぐ、いやされるということです。これは、中心部ももちろん、町なかもそうでありますけれども、農村部にむしろ求められているものがあおりになると、こういう強さがあると。これらをまとめていくと、おのずと戦略というものは生まれてくるであろうというふうに考えて、そのことを町の皆さんとともに実行をしているところであります。

それから、次にことしの年頭の決意ということでありますけれども、40年間のまちづくりを振り返ったときに、先輩の皆さんから今の議員の皆さん初め、町民の皆さんが行っていただいているわけですが、最初の課題は何であったかということを振り返りますと、40年前、この町は農業で身を立てていきましょうという農業立町、その後、農・商・工連携というようなこともしきりと言われるようになりましたけれども、もうその時点でそれは課題になっていたということでありますね。これがこれからも小布施町の産業の基本であろうというふうに考えております。

それと、もう一つは人口の問題であります。40年前に人口減少社会では日本はなかったわけでありますが、小布施町は人口が減ったわけですね。小布施というか、全国の地方の市町村がかなり都会へ若者中心に流出するということがあって、小布施町も9,500人を割ってしまうというような危機になったわけであります。それに対して、人口政策をきちんと打ったということであります。そうしたことにかんがみたときに、まちづくりの原点にまた小布施町は戻っているというふうに考えるわけであります。

この農業の振興の問題も、人口の問題も、今の日本においては、40年前よりもさらに難しい課題であるということは間違いのないところであります。ですけれども、私たちには先輩から今の皆さんが行っていただいているまちづくりの成果というものがございます。そういう成果というものを十分に生かしながら、この町の農業、それから人口というものを考えていったときに、決してできない相談ではないではないかというふうに私は思っております。そんなことで、少し乱暴な言い方でしたけれども、小布施から日本の元気を起こしていくというようなことを年頭にお話を申し上げました。

それから、最後でございますけれども、全身全霊をもって職を続けよという大変身に余る、また光栄にも感じさせていただけるお言葉を今いただいたわけでありますが、先般、後援会で役員会をお開きをいただきました。そして、その場でも続けよとご推挙をいただきました。さらに、幾つかの団体の皆さんからもそうしたありがたいお言葉をいただいております。ただいまの関谷議員のご質問ともあわせ、大変重く受けとめさせていただいております。また、手がけた事業も先ほど来のご質問のように多く、その責任の重さも強く感じさせていただいているところであります。

繰り返しになるかもしれませんけれども、職につかせていただいて以来7年7カ月、議員各位を代表とする町民の皆さんとともに住みよい町、明るい町、元気な町をつくるために、本当に微力でございますけれども、尽くさせていただいてまいりました。そうした中で、議員各位初め、繰り返しになりますけれども、小布施町町民の皆さんのほかのどこにも負けない、町民力の高さというものを実感しております。いよいよこの小布施町を愛するという気持ちは強くなっておりますし、町民の皆さんを心からご信頼申し上げる気持ちは強くなっておるところであります。

日本は今、さまざまな局面で閉塞感が強くなっております。のどやかなすがすがしい日本、すがすがしいのどやかな地域を取り戻していくためには、隠れてしまっている地方の豊かさというものを目に見える形にしていくことこそが大切だと強く思っております。そして、町民力の高い小布施町でならそのことが実現できるというふうにも確信をしております。

以上のことから、私の進退につきましては、私の気持ちは大変前向きにさせていただいております。ただ、私の気持ち以上に町民の皆さんのお声が大切だと、当然のことながら思っております。いま少しお時間をいただき、より広範なお声をお聞きしたいというふうに思っております。

9月へ入りましてから、隣の栗ガ丘小学校では運動会の準備が始まりました。例年にも増して、元気な力強い歓声がこの役場に届いております。その大きな歓声を力にして、メジロ押しに詰まっている小布施の節目ともなるべき事業の推進を図り、そして町の将来のために今なすべきことに全力を注ぎたいというふうに思っております。大変ありがとうございました。

○議長(小渕晃君)以上で関谷明生議員の質問を終結いたします。

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